・細胞の生死を司るミトコンドリア
私たちの細胞は、「細胞内小器官(オルガネラ)」と呼ばれる、それぞれに異なった機能を持つ膜に包まれた構造体によって、様々な生体反応を適切な場で適切な時に進めることができるようになっています。
その中で、ミトコンドリアは酸素を用いて細胞のために必要なエネルギーを作り出すオルガネラとして知られていますが、その他にも脂肪酸の代謝やヘムタンパク質の生合成、さらには細胞死(アポトーシス)においても重要な役割を担っています。まさに細胞の生死を司るオルガネラであるとも言えます。
私たちの研究室では、そのミトコンドリアがどのようにして複雑かつ多様な機能を維持できるのか、破綻した際にどのような疾患につながるのかについて、特に神経変性疾患であるパーキンソン病を中心とした研究を進めています。
研究キーワード
ミトコンドリアの品質管理
ミトコンドリアの品質管理と疾患(神経変性疾患:パーキンソン病など)
ミトコンドリアの品質管理と細胞内鉄代謝の関係
ミトコンドリア細胞内共生と排除のメカニズム
・ミトコンドリアの「品質管理」
ミトコンドリアを細胞内のエネルギーを作り出す大規模な工場に例えるとき、その生産過程における副産物(廃棄物や生産物の誤りなど)を適切に管理、処理する仕組みが必要になります。私たちはこれを「ミトコンドリアの品質管理 (Quality control) システム」と称しています。ミトコンドリアの品質管理に含まれるものには、対応すべき問題(副産物、劣化、異常蓄積など)に合わせて修復から排除までさまざまなものがあります。
・ミトコンドリアの品質管理と疾患(神経変性疾患:パーキンソン病など)
近年、ミトコンドリアの品質管理に注目したヒト疾患の理解が進んでいます。ミトコンドリアの機能不全(品質管理の破綻)が、さまざなヒト疾患の発症原因と考えられるようになってきました。その中でも特に、神経変性疾患であるパーキンソン病のように神経組織内環境が段階的に悪化することが認められる疾患において、ミトコンドリア機能不全がその引き金ではないかと考えられています。
そのミトコンドリアの品質管理の一つとして、機能不全に陥ったミトコンドリアを細胞内から駆除してしまうシステムが明らかになっています。細胞内分解系のユビキチン・プロテアソームとオートファジーを巧みに利用したシステムで、パーキンソン病原因遺伝子であるPINK1 やParkin が重要なはたらきを持つことが分かっています(Mitochondrial autophagy: Mitophagy)。
私たちの研究室では、パーキンソン病を中心とした神経変性疾患モデル(細胞、マウスなど)を用い、ミトコンドリアの品質管理が生理的なレベルでどのように働くのかについて研究しています。また、これまでは発症後の対症療法がメインであった神経変性疾患において、疾病バイオマーカーの検索を通して、予防的、先制的医療への可能性を探ります。
・ミトコンドリアの品質管理と細胞内鉄代謝の関係
さらに最近の研究で、私たちはミトコンドリアのストレス応答メカニズムについて注目しています。特に細胞や組織における鉄代謝異常に応答するミトコンドリアの変化について、ミトコンドリア膜構造のダイナミックな変化が観察されることと、さまざまな疾患の関係性について調べを進めています。
・ミトコンドリアはなぜ細胞内に存在しているのか
生物の進化において、原始地球の環境が酸素で満たされつつある時に、その当時の生物たちにとっては毒性が強かった酸素を有効利用し、細胞内のエネルギーに変えることができる機能を持っていた微生物(ミトコンドリアの祖先)が、宿主となる他の細胞に取り込まれたことが、ミトコンドリアの起源ではないかと考えられています(細胞内共生説)。この「ミトコンドリアは本来(宿主)細胞にとって“よそもの”であった」可能性について、さまざまな細胞内システムがその証拠を示しています。中でも、一旦機能不全に陥ったミトコンドリアが、「もう有益ではなくなったよそもの」として再び細胞から排除される仕組みは、ミトコンドリアの起源を考える時にひとつの説明となりうるかもしれません。
私たちの研究室では、オートファジーと呼ばれる細胞内分解系の一つがこのミトコンドリアの排除システムとなっていることから、そのメカニズムの詳細を明らかにすることで、ミトコンドリアの起源についても新たな理解を得ようと考えています。